オートバイ 日本の歴史

当初、日本では、オートバイの利用は少なくて、
1910年頃にようやく輸入車が見られるようになってきた程度でした。

従って国産化遅く、1906年の島津楢蔵によるNS号が初の国産車です。
その後、スミス・モーター、インデアン、ハーレー等の輸入が増えて、
1930年代には宮田製作所(現・宮田工業)が
「アサヒ号」を発売するなど、国産化も進みました。

輸入車の中でも、ハーレーは三共によって陸王として国産化された。

有名なのは、
中島飛行機を源流に持つ富士産業(後の富士重工)のラビット、
海軍機で知られる三菱を源流に持つ
中日本重工(財閥解体に伴う三菱重工の分社)の
シルバーピジョンというスクーターの両雄である。

終戦直前には、メーカが乱立したけれど、
殆どのメーカが技術開発と市場競争で遅れをとり
次々脱落してしまいました。

中でも目黒製作所のメグロ、
東京発動機のトーハツは人気があり、
メグロはメーカが倒れた後もカワサキに技術は移転したのです。

  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

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